今回は、3月1日の東京マラソンをもって現役を引退した高久龍選手にお話を聞きました。
栃木県出身の高久選手は、那須拓陽高校から東洋大学へ進学。大学時代はチームの主力として活躍しました。箱根駅伝では2年時に7区を任され区間4位、チームの総合2位に貢献。続く3年時には8区を走り、区間賞を獲得して総合優勝に貢献した優勝を経験するなど、当時の東洋大学の強さを支えたメンバーの一人です。
安定した走りと粘り強さでチームに貢献し、駅伝ファンの印象にも強く残るランナーとなりました。
大学卒業後はヤクルトに所属。舞台を実業団へ移してからはマラソンを中心に力を発揮し、国内トップレベルのレースで結果を残してきました。
中でも2020年の東京マラソンでは自己ベストとなる2時間6分45秒をマーク。当時の日本人歴代4位となるタイムで、日本のマラソン界でも確かな存在感を示してきた選手です。
今回のインタビューでは、これまであまり語る機会のなかった競技生活の裏側や、長年走り続ける中で感じてきた思いについても聞くことができました。さらに、引退を目前に控えた今だからこそ語れる胸の内、そしてこれからの人生についての展望にも触れてもらいました。
本日公開する前編では、高校時代から大学進学に至るまでの歩みを伺いました。
高校時代の高久選手は、チームの主力として活躍しながらも、全国レベルで見れば“トップランナー”という位置ではなかったといいます。
そんな中で転機となったのが、日々の積み重ねの中で見出されたロード適性です。
地道な努力が評価され、東洋大学からスカウトを受けました。さらに他にも駒澤大学から声がかかっていたという事実には、思わず驚かされました。
進学先に選んだ東洋大学では、箱根駅伝という大舞台が待ち、中でも山上りの5区。その出走メンバーがどのように決められていたのかという裏側の話は、駅伝ファンにとっても非常に興味深い内容でした。
この取材を行ったのは引退レースとなる東京マラソンの3日前で、高久選手にとって、競技人生の中で最後の取材になりました。
チームの主力になるまでの過程、そしてその裏にある選択と評価。
長く第一線で走り続けてきた一人のランナーは、どんな思いで最後のスタートラインに立ったのか。
その言葉を、ぜひ最後までご覧ください。
高久龍(たかくりゅう)
1993年2月18日生まれ、栃木県那須塩原市出身。
那須塩原市立黒磯北中学校から那須拓陽高校へ進学し、東洋大学に進学。大学時代は箱根駅伝で活躍し、3年時の箱根駅伝では8区区間賞を獲得して総合優勝に貢献。卒業後はヤクルトに入社し、マラソンを中心に活躍する実業団ランナー。
5000m:13分49秒59
10000m:28分23秒01
ハーフマラソン:1時間01分30秒
マラソン:2時間06分45秒(2020年東京マラソン、日本人2位)