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RUNNER’S TALK

プロランナー「萩谷楓選手」インタビュー後半

前回に引き続き、萩谷楓選手のインタビュー後編をお届けします。

日本代表としてオリンピックや世界陸上に出場し、5000mでは14分台をマークするなど、日本女子長距離界のトップランナーとして活躍してきた萩谷楓選手。

しかし、その輝かしい競技人生の裏では、誰にも打ち明けられない苦しみを抱えていました。

 

ー摂食障害との闘いー
実業団2年目頃から萩谷選手を苦しめていたのが、摂食障害でした。
結果が思うように出ないと、「もっと体を絞らなければ」という思いに駆られるようになりました。
その考えは周囲から求められたものではなく、自分自身が作り出した強いプレッシャーだったといいます。

当時をこう振り返ります。
「オリンピック選手として、弱みを見せたくなかったんです。常に完璧な自分でいたかった。だから身内にも相談できず、『自分一人でどうにかしなきゃ』と思い続けていました」

食事が思うように取れなくなり、心と体のバランスは少しずつ崩れていきました。

トップアスリートだからこそ、自分自身に課してしまった厳しさ。そのストイックさが、時には自分自身を追い詰めることにもつながってしまいました。

 

ー競技からの離脱ー
そして心と体のバランスが取れなくなった結果、2023年、競技から離れる決断をします。
自分では決断することができず、周囲に背中を押される形での引退だったといいます。
競技生活を終えた後は、長野県佐久市の実家へ戻りました。

 

今まで「走ること」が当たり前だった毎日。
そんな萩谷選手が最初に挑戦したのは、自動車免許の取得でした。
しかし、「こんなに車に乗るくらいなら、自分の足で走った方が速い」と感じてしまうほど、走ることは体に染み付いていたそうです。

無事に免許を取得した後は、駅前のホテルでアルバイトを始めた萩谷選手。

競技者としてではなく、一人の社会人として働く日々。
自身が作った料理を褒められるなど、「競技以外でも、自分にできることがあるんだって思えました」と話します。

陸上とは違う場所で誰かに必要とされ、自分を認めてもらえた経験は、萩谷選手にとって大きな自信となりました。

 

ートレイルランとの出会いー
そんな時、競技から離れた日々の中で出会ったのが、トレイルランニングでした。
知り合いから「山を走りに行こうよ」と誘われ、軽い気持ちで参加したのが始まりだったそうです。
しかし、平地とはまったく違う山道は想像以上に過酷でした。
20〜30kmにも及ぶ山道に戸惑い、「帰ろうよ」と思うほどだったと笑いながら振り返ります。
それでも、山頂から見える景色や、仲間と一緒に味わう食事の時間に魅了され、いつしか「どんな形でも走りたい」と思うようになっていきました。
タイムや順位ではなく、純粋に「走ることが楽しい」。
競技から離れたからこそ、忘れかけていた走る喜びを取り戻した瞬間でした。

 

ー再び競技の世界へー
その気持ちを胸に、恩師である日本体育大学・玉城良二監督へ競技復帰を相談しました。

しかし最初に返ってきた言葉は、「中途半端なことはできない」。
一度は断られたそうです。

それでも萩谷選手の覚悟は変わりませんでした。
その思いを受け止めた玉城監督は、後日「俺も覚悟を決める」と声を掛けます。

その言葉に背中を押され、再び競技の世界へ戻ることになりました。

現在は日本体育大学男子チームとともに練習を重ね、トラック中心ではなく距離走を軸に、一から土台づくりを続けています。

 

ー新たな目標へー
現在の目標は、ロサンゼルスオリンピックのマラソン代表と語る萩谷選手。

 

「できるかどうかは分かりません。でも、やれるのにやらなかったことの方が、きっと自分はつらいと思うんです」

 

一度競技から離れ、自分自身と向き合ったからこそ見つけることができた、新たな夢に希望を抱いている姿はとても輝かしく感じました。

 

ー走ることの意味ー
最後に萩谷選手へ、「走ることの意味」を尋ねました。
すると返ってきた答えは、
「走ることは、生きるための術です」

その一言には、苦しみも、迷いも、葛藤も、そして再び前へ進もうと決めた覚悟も、すべてが込められているように感じました。

オリンピックという大舞台を経験し、日本のトップランナーとして走り続ける一方で、摂食障害に苦しみ、競技から離れた日々を過ごしました。
競技人生に一区切りをつけ、社会人として働き、トレイルランニングとの出会いを経て、再び陸上競技へ戻る決断をした萩谷選手。
決して順風満帆な競技人生ではありませんでした。
だからこそ今、萩谷選手が語る一つひとつの言葉には、人の心を動かす重みがあります。

「走ること」で結果だけを追い求めていた頃とは違い、今は「走ること」そのものを楽しめるようになった。その変化こそが、萩谷選手にとって何より大きな財産なのかもしれません。

 

ロサンゼルスオリンピック・マラソン代表という新たな夢へ向かい、再びスタートラインに立った萩谷選手。

その挑戦は、競技者だけでなく、何かに悩み、立ち止まった経験のある多くの人の背中を押してくれるはずです。

現在、萩谷選手はロサンゼルスオリンピック、そしてMGC出場を目指す競技活動を支えるため、クラウドファンディングに挑戦しています。

一度競技を離れたからこそ見つけた「もう一度挑戦したい」という強い思い。その挑戦を、少しでも応援したいと感じた方は、ぜひプロジェクトページをご覧ください。

クラウドファンディングはこちら
https://camp-fire.jp/projects/943229/view

 

 

萩谷楓(はぎたに かえで)
2000年10月10日生まれ、長野県佐久市出身。
長野東高校卒業後、株式会社エディオンに入社。高校時代から全国トップレベルの実力を誇り、2021年には女子5000mで日本代表に選出され、東京オリンピックに出場した。2023年に現役を引退するも、2025年に競技へ復帰。現在はプロランナーとして活動している。

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